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台湾・馬総統、アイリス・チャン氏を称賛…日台離間を目論むか?チャン氏の『ザ・レイプ・オブ・南京』は日本の研究者により証拠資料の誤りが多数指摘【歴史戦】南京攻略戦 兵士たちの証言「城内空っぽ。誰もいなかった」「虐殺あるはずない…」【その他動画・ツイッター他】


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零戦21型

<以下参照>
台湾・馬総統、アイリス・チャン氏を称賛 『ザ・レイプ・オブ・南京』の著者
産経ニュース 2015.8.25 18:15更新
http://www.sankei.com/world/news/150825/wor1508250024-n1.html

 台湾の馬英九総統は25日、『ザ・レイプ・オブ・南京』の著者で中国系米国人ジャーナリスト、アイリス・チャン氏(故人)の両親を総統府に招き、チャン氏への褒章を授与した。

 中央通信社によると、馬総統は1997年出版の同書について「日本軍が南京で行った血なまぐさい虐殺と暴行を国際的に改めて注目させた」とした上で、「中華民国による抗日の史実の重要文献だ」と称賛した。また、ドイツと比べ戦後の日本の態度は「現在の東アジア情勢の緊張の要因だ」とも述べた。

 同書は南京攻略時の旧日本軍の残虐性を過度に強調しており日本の研究者により証拠資料の誤りが多数指摘されている。チャン氏は2004年に自殺している。
(台北 田中靖人)


<参照終わり>


ぶっちゃけ、この台湾の馬総統…いろいろ中共寄りの発言の目立つ人物だったがここに来てますます中共やそれに与する勢力主張に似たような事を発言し始めたようだ
それはまさに親日的だと言われる台湾と日本の間を離間させ、中共に与するかのよう
(支持率低迷の馬総統の反日的な主張に耳を貸す台湾国民が多いとは思えないが)


それにしても馬総統…よりによって中共と同じようにいわゆる南京事件持ち出して反日か
日本の研究者により証拠資料の誤りが多数指摘されている『ザ・レイプ・オブ・南京』の…
その著者で中国系米国人ジャーナリスト、アイリス・チャン氏(故人)の両親を総統府に招いて
中央通信社によると馬総統曰く

「日本軍が南京で行った血なまぐさい虐殺と暴行を国際的に改めて注目させた」

果たしてそれは本当に事実なのだろうか?
自分はどう考えても中共のいうような大虐殺があったとは思えない。
仮にあったとしても便衣兵(ゲリラ)の掃討…
その辺も含め、当ブログで過去にも取り上げたものも含めて自分が現在知る範囲のものを以下に一挙に紹介してみたい。

<以下参照>
「靖国ではなく、南京に行くべき」 中国が仕掛ける反日歴史工作
WEDGE 1月6日(月)12時20分配信
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20140106-00010006-wedge-cn&p=1
※記事を読むには右側のスクロールバーを動かして下さい



 平成25年も押し詰まった昨日(12/26)、安倍首相が靖国神社を参拝した。第一次政権時の「痛恨の極み」から7年、内外のあらゆる政治的要素を勘案したうえでの参拝だったと思われる。予想どおり、中国、韓国からは激しい反発の声明が出された。

 中国の王毅外相は、日本の木寺昌人駐中国大使を呼び、「国際正義への公然たる挑発だ。(日本側が緊張関係を激化させるなら)中国側も最後まで相手をする」という、物々しい表現とともに、対抗措置もにおわせた。が、むしろ筆者が注目したのは、その後の会見で出た秦剛報道局長の次の発言である。

 「安倍首相がアジアの隣国との関係改善を願うなら、靖国神社ではなく、南京大虐殺記念館に行くべきだ。歴史を直視する勇気がなく、戦後の国際秩序に公然と挑戦しておいて、自由や民主、世界平和と繁栄への責任を語る資格があるのか」

 靖国神社の「カウンター」として、中国側は「南京虐殺記念館」をもち出してきた。折しも師走12月、76年前(1937年)に南京陥落があった時期でもある。秦剛報道局長の発言に“触発”されて勇気を奮うわけではないが、せっかくの機会なので、本稿では、いわゆる「南京事件」にまつわる歴史の「事実」をいま一度、直視し論考してみようと思う。さらに、中国と韓国が連携して現在、北米で進めている「反日歴史工作」、とくに新手の「南京虐殺工作」との関連で今般の総理の靖国参拝を考えてみたい。


果たして南京で「虐殺」はあったのか?

 よく知る読者の方々にとっては退屈な復習となろうが、まずは「南京事件」に関して、事実とともにポイントとなるべき点を挙げていくこととする。

 中国側はくだんの記念館で、「日本軍は南京入城後、2カ月にわたり、30万もの人が虐殺した」と宣伝している。一方、東京裁判の判決文では、「日本軍が占領してから最初の6週間に南京とその周辺で殺害された一般人と捕虜の総数は20万以上」とした。

 しかし、この南京での「大虐殺」は、現場をしかと見た人、つまり証言の信憑性が検証され、正当性が裏付けられた目撃者というものが一人も存在しない。これは、「南京」を論じる際の最も重要なポイントで、はじめに押さえておく必要がある。

 2カ月にわたって何十万もの人が虐殺されたという「世紀の大事件」であるにもかかわらず目撃者ゼロ。こんなことがあり得るのだろうか。しかも不思議なことに、この目撃者ゼロという重大なことに、日本のマスメディアは触れようとしない。そのためか、南京で虐殺はあったものと頭から信じ込んでしまっている日本人が少なくない。

 思えば、筆者が小学生だった70年代の日中国交樹立から、80年代の日中友好ムード最高潮の時期には、朝日新聞を中心にした日本メディア、そこに登場する「進歩的文化人」たち、さらには学校の先生らまでもが揃って、「南京で日本軍は何十万もの中国人を殺した。だから、中国に対してどんなに謝っても足らない。日中友好のため日本は真摯に謝罪し続けなければならない」と盛んに言っていた。当時の言説の影響がいまも抜けない日本人がいまの50代以上には多い。

 とはいえ近年は、多くの日本のメディアが、「南京事件については諸説ある」とは書くようになった。しかし、この「諸説」とは、殺された人数について見解が分かれるという意味だ。30万人が殺されたという中国の説、東京裁判での20万以上説、もっと少なく10万人という説、4万人説などがあるのだが、すべて「虐殺はあった」という前提に立った説ばかりである。

 一方で、「南京事件はなかった」という完全否定説も以前からある。が、これまた日本のメディアは触れたがらない。まさに、メディアにとって、南京虐殺の否定は戦後最大の「タブー」であったようで、否定説を報道する「自由」や、この説を国民が「知る権利」をメディア自身が規制し続けてきたといって過言でない。規制だけではなく、このタブーに触れた政治家はメディアの袋叩きに遭い失脚させられてもきた。

次ページは:「虐殺があったことにしよう」という蒋介石の指示

「虐殺があったことにしよう」という蒋介石の指示

 南京事件の目撃者ゼロということは、虐殺はあったのか、という疑問の材料となる一方、「虐殺はなかった」と主張する側にとって痛いことでもある。目撃者がいないからといって、「なかった」ことの証明とはならない。俗に、「悪魔の証明」などといわれるがある出来事が「なかった、起きていなかった」と証明することは不可能に近い。

 1937年12月1日から38年10月24日まで、南京戦を含むこの約一年の間に、国民党中央宣伝部国際宣伝処(中華民国政府の対外宣伝機関)は、約300回もの記者会見を開いた。毎日のように会見があったことになるが、参加者は平均50名、うち外国人記者、外国駐在公館職員は平均35名であったという。

 ところが、この300回もの記者会見において、ただの一度も、「日本軍が南京で市民を虐殺した」とか「捕虜の不法殺害を行なった」との非難がされていない。戦時中とはいえ、もし一般人に対する大規模な「虐殺」や強姦が連日起っていたら、ただの一度も記者会見で話さないなどということがあるだろうか? 

 このことからも、虐殺はなかったのでは、との疑問が沸くが、この疑問を氷解させる史料が近年、日本の研究者、亜細亜大学教授の東中野修道氏によって見つけ出された。

 南京事件の核心に迫ると思しき衝撃的な史料。そのひとつが、蒋介石の「指示」を表わす文書である。蒋介石は、日本軍が南京に入城する直前、城内から逃れたが、そのときに、「ここで日本軍による大虐殺があったことにしよう」との指示があったという内容だ。

 これらの事柄は、東中野氏が、台北の国民党党史舘で発見した極秘文書『中央宣伝部国際宣伝処工作概要1938年~1941年』に残されていると、氏の著書、『南京事件-国民党秘密文書から読み解く』(草思社)に記されている

 実は、この文書発見以前から、南京陥落の後、120名近くの記者が日本軍とともに南京に入城したにもかかわらず、朝日をはじめとする当時の新聞報道、記者らの証言のなかで、虐殺事件の片鱗すら語られていないのはおかしい、事件はなかったのではないか、という主張はされていた。この主張が、中国側の資料からも裏付けられたという点は大きいのではないか。

次ページは:市民の姿をした兵士を撃ったことは「虐殺」ではない


市民の姿をした兵士を撃ったことは「虐殺」ではない

 筆者は長らく、南京事件について個人的に興味を抱いてきた。それは、1997年、故アイリス・チャンという中国系女性が著した『ザ・レイプ・オブ・ナンキン』という本が、全米で大ベストセラーとなったことをきっかけとした興味であり、数年前にはカリフォルニアで生前のチャンに近い人物に会い、彼女の死の直前の様子を取材したこともある。

 その興味と経験が昨年、とある仕事に結びついた。昨年2月、名古屋の河村たかし市長が、姉妹都市である南京市の使節団との会談の席で、「(いわゆる)南京事件はなかったのではないか」と発言して物議を醸した件にまつわる仕事であった。騒ぎが一段落した夏頃から数回にわたって河村氏から話を聞き、「騒動」の経緯をまとめる機会を得たのだ。

 このときの「河村南京発言」の正確な内容は、「事件(虐殺)はなかったのではないか。通常の戦闘はあったが」である。虐殺ではなく通常の戦闘行為――これも南京事件を考える際のもう一つの重要なポイントである。

 実は河村氏、例の発言以前、名古屋市長になる前の衆議院議員時代から「南京」について、ひとかたならぬ思い入れをもっていた人だということはあまり知られてない。歴史家から話を聞くだけではなく、元日本兵を訪ねての聞き取り調査まで独自に行なって、野党議員だった小泉政権当時、独自の調査の結果を踏まえ、「南京事件」に関する政府見解を具体的に質す、質問主意書を出してもいる。

 市長となった後のあの「南京発言」は、思いつきや、口が滑った類のことではなく、「南京と姉妹都市でもある名古屋の市長になったら、南京事件のことはやらにゃいかんと思っていた」というくらい、明確な意図、意思をもってした発言であったのだ。その河村氏が、南京入城当時を知る手掛かりとして注目したものに、南京にいた元日本兵の日記がある。その一つ、梶谷元軍曹という人の日記には南京入城式の直後の様子が次のように書かれてある。

 「(一時間あまりで)敗残兵二千名の射殺されたり」「誠に此の世の地獄」。2000名という人数は大きい。この世の地獄と見えたのも無理もない。が、撃ち殺されたのが、「敗残兵」であったなら、それは戦闘行為であって一般人の「虐殺」にはならない。

次ページは:「便衣兵」という中国独特の戦法


「便衣兵」という中国独特の戦法

 国際紛争を解決する手段の一つである戦争には厳然としたルールがある。戦争とは、兵士と兵士の殺し合いであって、民間人を殺してはならない。これが戦争の最も基本的なルール、犯せば罪に問われる。だから、兵士はきちんと制服を身につけるなどして、遠くからでも兵士とわかるようにしなければならず市民に化けて攻撃するというのは重大な「ルール違反」なのだ。このことは日中戦争当時から同じである。

 日記には、2000名射殺の際、「十名ほど逃走せり」とも書かれてあった。この逃走者らの話に、のちに尾ひれが付いて、「大虐殺」となった可能性が否定できないが、そうであれば、なぜ、「敗残兵」の射殺が「虐殺」となったか、が問題である。考えられるのは、その敗残兵らが民間人の服装をしていたということである。

 今日、このことは多くの識者が指摘しているが、当時の中国戦線では、「便衣兵」と呼ばれる、通常の服装をした兵士が数多くいた。これに関する元日本兵の証言も多く、たとえば掃討戦の最中、一般市民の姿をした人を見かけたので声をかけると撃ってきたので反撃した、というようなものだ。南京を含む当時の中国では、ゲリラ化した国民党の兵士がそこここにいて、「兵士」と「民間人」の境がとても曖昧になっていた。このことが、「大虐殺」話に結びついた、あるいは結びつけ易かったということは十分考えられる。


「南京事件」のネタ元は国民党宣伝部の顧問

 では、そもそも、「南京で大虐殺があった」と最初に世界に向け発信したのは誰か、が問題だが、それはティンパーリという英国人の“記者”である。彼が編集した『戦争とは何か』という本のなかに、「南京在住のある欧米人」の原稿が掲載されていて、これが南京虐殺のネタ元となったのである。

 ただし、この原稿は、いまでいう匿名の密告投稿のようなものに過ぎない。虐殺現場の目撃証言も、命からがら逃げ出した人の話もないにもかかわらず、ニューヨークタイムズ紙でとりあげられ、ほかのマスコミも連鎖的に騒いだために、いつの間にか「歴史的事実」のようになってしまった。

 近年になって、このネタ元とされた原稿を書いた「南京在住のある欧米人」は、ベイツというアメリカ人宣教師だったと判明しているが、ベイツは、国民党中央宣伝部の顧問をしていた人物であった。要するに、南京政府の関係者である。つまり「日本軍が民間人を大勢虐殺した」という「匿名の密告」は南京政府側の人間が流した情報、南京政府のプロパガンダだったという可能性が否定できない のだ。

 余談だが、この国民党中央宣伝部にはかつて毛沢東も在籍していた。毛は、のちに国民党と敵対した共産党の指導者だが、それ以前、国民党中央宣伝部でプロパガンダの手法を学んだといわれている。

 今日は多くの日本人が、中国政府のいう「歴史」の多くが史実に基づくヒストリーではなく、彼らの政治的意図に沿ったプロパガンダであることに気づいてきたが、共産党独特の手法と思われがちなこの中国式プロパガンダの基礎の一端が、国民党にあったというのもまた興味深い話である。

 戦争にウソはつきものだ。それは、日中戦争に遡るまでもなく、近年の「イラク開戦」のいきさつ一つを見ても明らかなことである。戦時だけではない。常時でも、国際政治にウソはつきもの。当然、日中戦争や先の大戦時にウソの情報を流していたのは日本の大本営だけではない。そう思って日中戦争、先の大戦を見直すと俄然、すべての様相が違って見えてくるはずである。

 ところで、当時の南京を「知る者」として、ティンパーリはじめ、何人かの欧米人が挙がっているわけだが、中国は近年、そうした欧米人の一人を顕彰する銅像を建てる活動を米国で展開している。ほかに、米国の高校生らに、南京虐殺にまつわる中国のプロパガンダ満載のテキストで学ばせる工作をも展開していて、この影響は深刻だ。その実態については次稿でくわしく述べることとしたい。

有本 香 (ジャーナリスト)

最終更新:1月6日(月)12時20分


<参照終わり>

※参考

現在外務省のHPでは

歴史問題Q&A | 外務省
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/taisen/qa/

2015年8月14日の内閣総理大臣談話を踏まえ,現在改訂中です。



となっている。

…仲間の無念を代弁する。
「30万人も虐殺したというのはでっち上げですたい。貶(おとし)められるのは我慢ならんです」

<以下参照>
【歴史戦第9部 南京攻略戦 兵士たちの証言(1)】
「城内空っぽ。誰もいなかった」「虐殺あるはずない…」
産経ニュース 2015.2.15 15:12更新(1/7ページ)
http://www.sankei.com/premium/news/150215/prm1502150031-n1.html
※記事を読むには右側のスクロールバーを動かして下さい


 「城内は空っぽでした。兵隊どころか、住民も、誰もおらんでした」

 南京攻略戦に参加し、昭和12年12月13日の陥落後に南京城に中華門から入城した元陸軍第6師団歩兵第47連隊の獣医務曹長、城光宣(じょうこうせん)(98)の目の前には、無人の市街地が広がっていた。

南京事件をめぐる出来事
南京事件をめぐる出来事

 少し前まで、門をめぐって日中両軍の激しい攻防戦が繰り広げられていたが、壊滅状態になった中国軍兵士が城外へ一斉に逃げ、城内は一転して静寂に包まれていた。中に入ると、厚さが約40センチもある門扉の内側に、進入を阻むための土嚢(どのう)ががっちりと積まれていたのを覚えている。

 南京城の広さは約40平方キロメートル、JR山手線が囲む面積の3分の2程度だ。城内には、れんが造りの平屋の民家が多かったが、どれも無人だった。住民らは城内に非武装中立地帯として設けられた「安全区」に逃げ込んでいた。

 「無抵抗の民間人を殺すのが虐殺。だが、人がおらん以上、虐殺があるはずがなか」と城は断言する。


(2/7ページ)
http://www.sankei.com/premium/news/150215/prm1502150031-n2.html


 当時の軍隊に欠かせない馬を管理する任務を帯び、前線部隊と行動をともにしてきた城は、戦闘の様子をつぶさに見てきた。

 多数の死傷者を出しながらも11月中旬に上海を攻略した日本軍は、長江(揚子江)の上流約300キロにある南京を目指した。当時、中華民国の首都だった南京は周囲を堅牢(けんろう)な城壁で囲まれ、約20の門があった。

 中華民国トップの蒋介石は11月中旬、内陸にある重慶への遷都を決断し、12月7日に南京を脱出。南京市長ら要人の脱出が続く中、日本軍は降伏を勧告したが拒否してきたため12月10日、総攻撃を開始した。

日中戦争時の中国大陸
日中戦争時の中国大陸

 上海攻略戦で杭州湾に敵前上陸した第6師団も、南京に向けて敵と交戦しながら進軍。南京の南側から攻撃に参加した。

 「それは激しか戦いでした」。城らの前には、高さ20メートルほどのれんが造りの城壁がそそり立っていた。城壁に構えた敵陣地からの攻撃、城壁の前に横たわった水濠(すいごう)が行く手を阻んだ。  「重砲や野砲で徹底的に敵をたたいて、収まったころ壁にはしごをかけて日本の兵隊がよじのぼって占領していったとです」

昭和12年の南京城略図
昭和12年の南京城略図


(3/7ページ)
http://www.sankei.com/premium/news/150215/prm1502150031-n3.html


 戦後、東京裁判はこう断定した。

「南京占領直後から最初の2、3日間で少なくとも1万2千人の男女子供を殺害、1カ月で2万の強姦(ごうかん)事件を起こし、6週間で20万人以上を虐殺、暴行や略奪の限りを尽くした」

 その後、中国側は「30万人が虐殺された」と主張するようになったが、城は首を横に振る。

 「城内では遺体も見とらんです」

 上海から南京に進軍する途中では、中国人の遺体を目撃している。塹壕(ざんごう)で何十人の中国兵が死んでいることもあった。

 「そりゃ、敵と交戦しながら進むけん。こっちもあっちにも遺体はありましたが女や子供、年寄りの遺体は見たことはなかです

 進軍は不眠不休で続き、夜が明けると敵兵約30人が目の前を歩いていたこともある。夜間に敵と交戦した後、同じ連隊の兵士が「多くの敵を斬った」と話しているのを聞いたこともあった。1週間ほど滞在した南京でも何かあれば仲間内で当然耳に入るはずだが、虐殺は一切聞いていない。

 城が所属した第6師団は熊本で編成された精鋭部隊で、中国では「世界で一番強い」と恐れられていた、という。その師団の一員だったことは、城らの誇りだった。だが、南京攻略時に師団長だった中将、谷寿(ひさ)夫は戦後、「南京虐殺の責任者」との罪で戦犯となり、処刑された。


(4/7ページ)
http://www.sankei.com/premium/news/150215/prm1502150031-n4.html


「哀れですばい。師団長は何もしとらんのに」

 城は憤りを隠せない。77年たった今も脳裏に浮かぶのは仲間の姿だ。南京城壁から狙い撃ちされ、敵弾に次々と倒れていった。

 「それでも日本の兵隊は強かですばい。弾がどんどん降る中でも前進していく。国のため国民のため突っ込んでいくんですけんね」

 戦後、獣医師として働き子供4人、孫とひ孫計22人に恵まれたが、当時を語り合える戦友は誰もいなくなった。間もなく99歳を迎える城は、無数のしわが刻まれた手をかざしながら仲間の無念を代弁する


 「30万人も虐殺したというのはでっち上げですたい。貶(おとし)められるのは我慢ならんです」

 「抗戦勝利70年の今年こそ、南京市内の道路の名称には『抗戦』の要素をより多く取り入れるべきだ」

 南京市を省都とする江蘇省の行政諮問機関、政治協商会議(政協)の常務委員、徐菊英は先月、こんな提案を行った。

 「南京大虐殺記念館」と建設中の「抗戦勝利記念館」を結ぶ道を「抗戦路」と名付けるなど道路への命名は今年、相次ぎ行われる見通しだ。「南京事件」の生存者として“証言”した「李秀英」ら市民の名前を冠する案もある。

 「辛徳貝格路」との案もある。デンマーク出身の実業家で、1930年代に南京郊外のセメント工場に赴任した「シンドバーグ」の当て字だ。旧日本軍による攻略時に、2万人近い南京市民を工場などにかくまったという。昨年4月にはデンマーク女王、マルグレーテ2世が外国元首として初めて「南京大虐殺記念館」を訪問した。シンドバーグの逸話を手がかりに女王の南京訪問を要請したようだ。デンマークなど外国を巻き込み中国の国際的な立場を優位にする狙いがある。


(5/7ページ)
http://www.sankei.com/premium/news/150215/prm1502150031-n5.html


 中国共産党は政権の正統性を「抗日戦争勝利」に求めている。2月5日には「中国人民抗日戦争勝利70周年記念」と銘打った撮影隊の“出陣式”が「南京大虐殺記念館」で行われた。

 これは政府機関の中国人民対外友好協会が主催する全国的なイベントで、全土から集められた10人以上のカメラマンが、抗日戦争に関する証言や史跡を記録し「8年の抗戦と民族の記憶」と題する写真集にまとめる。全土で巡回展示も行う。

 南京で出陣式を行ったことは、「抗日戦」の象徴的な土地として今年、南京を改めて強調する意図が感じられる。

 南京事件の犠牲者が「30万人」に上るとする説は中国の公式見解だ。

 「日本軍は野蛮にも南京に侵入し、残酷極まりない南京大虐殺事件を引き起こした。30万人の同胞が殺戮(さつりく)、無数の婦女が蹂躙(じゅうりん)殺害され、無数の子供が非業の死を遂げた。3分の1の建物が破壊され、大量の財物が略奪された」

 昨年12月13日、南京市で開かれた追悼式典。演説した国家主席、習近平は、事件の「凄惨(せいさん)さ」を繰り返し強調した。中国はこの日を「国家哀悼日」に定め、南京市などが主催してきた追悼式典を初めて国家主催とした。式典会場の「南京大虐殺記念館」の入り口には、「遭難者300000」と書かれたモニュメントが設置されている。


(6/7ページ)
http://www.sankei.com/premium/news/150215/prm1502150031-n6.html


 中国外務省報道官、洪磊も1月15日の記者会見でこう述べた。

 「南京大虐殺は日本の軍国主義者が犯した残忍な犯罪であることに議論の余地はない。過去の侵略を覆そうとする試みは日本の国際的な信用を損なうだけだ」

 洪の発言は前日に共同通信が配信した記事に関してだった。共同の記事は、習の「30万人」発言に日本外務省が昨年12月、中国側に「適切でない」と申し入れたという内容だ。

 官房長官、菅義偉(すが・よしひで)は1月15日の記者会見で「わが国の考え方は事前に伝えるとともに、事後にもしかるべき申し入れを行っている」と、報道を事実上認めた。

 このやりとりは香港紙「文匯報」に掲載された。外交筋は、中国共産党寄りの同紙が報じたことについて、日本が事実をねじ曲げようとしていると対外的に訴えたいとの「中国政府の意図を感じる」と話す。

 中国は英字メディアでも自らの立場を積極的に宣伝している。

 9月3日に北京で習指導部発足後、初めてとなる軍事パレードを開催することについて、1月下旬に海外メディアが「対日牽制(けんせい)」「中国の軍事力を誇示」と伝えた。これに1月29日付の中国の英字日刊紙チャイナ・デーリー米国版が反応した。「勝利パレードをめぐるばかげた意見」というタイトルで掲載された同紙の論評記事だ。

 筆者のルン・ピンは「中国では8年間の抗日戦で3千万人の犠牲者が出た。6週間の南京虐殺だけでも30万人が命を落とした。抵抗を通じ中国人民は反ファシスト戦勝利に中核的な役割を演じた」と訴えた。


(7/7ページ)
http://www.sankei.com/premium/news/150215/prm1502150031-n7.html


 中国メディアによると、習は南京事件をナチス・ドイツによるユダヤ人大量虐殺、広島・長崎への原爆投下と並ぶ「第二次世界大戦史における3大惨事」と位置づけている。「日本軍が引き起こした大虐殺」(習)との主張を展開するうえでも「30万人」の犠牲者数は必要なのだ。   (敬称略)


 ◇

 中国は「30万人虐殺」を喧伝(けんでん)するが、77年前、南京で将兵らが見た実像は大きく異なる。歴史戦第9部では数少ない元兵士らの証言を紡いでいく。   =続く


<参照終わり>


2012年3月4日放送の「たかじんのそこまで言って委員会」より

3.4委員会-5  005
「2月20日、河村市長は表敬訪問を受けた名古屋市と姉妹都市関係にある中国南京市の一向8人に対し」


3.4委員会-5  006
「1937年の南京事件について
通常の戦闘行為はあって残念だが
南京事件というのは無かったのではないか・・・

と発言」



3.4委員会-5  007
「これを受けて南京市は名古屋市との友好都市交流を一時停止すると発表
しかし、河村氏は表敬訪問の際一向に」


3.4委員会-5  008
旧日本兵だった父親が南京で終戦を迎え
温かいもてなしを受けたと話していたことをあかし



3.4委員会-5  009
もしそんなことがあったとしたら
南京の人がなぜそんなに日本兵に
優しくしてくれたのか理解できない

・・と、話しており」


3.4委員会-5  010
河村市長
「いわゆる・・その市民の大虐殺というものは
存在しなかったと



3.4委員会-5  011
河村氏
「南京の皆様と討論会をしたいと申し上げたものでございます」


3.4委員会-5  012
3.4委員会-5  013
「と、述べ
南京事件は無かったとする発言を撤回しない姿勢を強調しました




南京攻略後、住民に平穏な生活が戻る一方で、「便衣兵」の存在が依然脅威だった「便衣兵」とは民間人に偽装した兵士を指し、本来非武装地帯である安全区に武器を持って潜伏、隠れ戦闘員として日本兵らを襲ったとされる。

東京裁判に出廷した元将校の証言によると、城内で捕虜にした残存兵は4千人に上り、半数を収容所に送り、残り半数を後に釈放した。武器を持って潜んでいた便衣兵を軍法会議にかけて処刑することはあるにはあったが、国際法に従って対応していたという。

「何十万人もの大虐殺は信用できない。もし、大虐殺があれば、中国人はわれわれに和やかに接しただろうか」

日中戦争に従軍した元陸軍獣医務曹長の城光宣さんが撮影した水車をこぐ日本兵と中国人。場所は不明(城さん提供)
日中戦争に従軍した元陸軍獣医務曹長の城光宣さんが撮影した水車をこぐ日本兵と中国人。場所は不明(城さん提供)


<以下参照>
【歴史戦第9部 南京攻略戦 兵士たちの証言(2)】
「誠に和やかに尽きる…」 城内に露店建ち並ぶ「平和な進駐」
産経ニュース 2015.2.16 06:00更新(1/4ページ)
http://www.sankei.com/premium/news/150216/prm1502160008-n1.html
※記事を読むには右側のスクロールバーを動かして下さい


 旧日本軍が昭和12年12月、中国・南京を攻略した後の一時期を、城内で過ごした元海軍第12航空隊の3等航空兵曹の原田要(98)は、当時の雰囲気をこう振り返る。

 「とても戦争中とは思えなかった。南京は誠に和やかに尽きる、という印象でした」

 10日から始まった総攻撃で、九五式艦上戦闘機の操縦桿(かん)を握り、頑強だった南京城南東の光華門を攻める陸軍を援護した。両翼に60キロ爆弾をつるして、何度も城を攻撃した。

 「城壁に爆弾を命中させるとともに、敵兵を機銃で撃ちまくりました」

 陥落後に城内の飛行場に降り立った原田の印象に残るのは、日常生活を営む住民らの姿だった。露店が立ち、住民らは日本兵を相手に商売を始めていた。原田も豚を1匹買った。

 「足をひとくくりに縛った子豚で、仲間と一緒に食べました」


南京城では「露店が何軒か出ていて、日本兵相手に商売をしていた」
(2/4ページ)
http://www.sankei.com/premium/news/150216/prm1502160008-n2.html


 城外にあった中国国民党の創始者、孫文が眠る墓「中山陵」に参詣もした。「非常に平和な進駐」という記憶が、原田の脳裏に刻まれている。

 攻略戦のさなか、城内に残った住民らは、欧米人らで作る国際委員会が設けた非武装中立地帯「安全区」に逃げ込んだが日がたつにつれ、平穏さを取り戻していった-。原田らの目には、そう映った。

 そのころの様子について平成19年12月に東京で開かれた「南京陥落70年国民の集い 参戦勇士の語る『南京事件』の真実」に出席した元将兵らも同じような証言をしている。

 「入城して2~3日後、住民の姿をみかけるようになり、時計の修理のため時計屋を訪れた」(昭和12年12月16日に入城した元陸軍第16師団の獣医少尉、稲垣清)

 「露店が何軒か出ていて、日本兵相手に商売をしていた。靴修理店、散髪屋などだった」「露店で印鑑を作り、城内は極めて平穏だった」(同月20日頃の城内の様子を語った元第9師団歩兵第36連隊の伍長、近藤平太夫)


「住民が平和に商売をしている一方で…虐殺されているというようなことは考えられません」
(3/4ページ)
http://www.sankei.com/premium/news/150216/prm1502160008-n3.html


 中国側が主張する「30万人大虐殺」が本当だとするならば、城内の至るところで凄惨(せいさん)な殺戮(さつりく)が行われていたはずだが、元将兵らの証言内容はあまりにもかけ離れている。「集い」で近藤は南京で作ったという印鑑を掲げながら強調した。

 「住民が平和に商売をしている一方で毎日たくさんの人が虐殺されているというようなことは全く考えられません」

 原田は零式艦上戦闘機(零戦)のパイロットとして、米ハワイの真珠湾攻撃やミッドウェー海戦にも参加した。その経験から「戦争は、敵を倒さねば自分がやられてしまう極限状態なんです」と語る。

 南京攻略後、住民に平穏な生活が戻る一方で、「便衣兵」の存在が依然脅威だった「便衣兵」とは民間人に偽装した兵士を指し、本来非武装地帯である安全区に武器を持って潜伏、隠れ戦闘員として日本兵らを襲ったとされる。

 原田は「便衣兵はゲリラ。接近してきて日本軍がやられる恐れがあった」と感じていた。休暇で南京城の北を流れる長江(揚子江)の河畔に行ったとき、原田は便衣兵を処刑する場面に出くわした。陸軍兵士らがトラックに乗せてきた中国人の男10人ほどを銃剣で突いたりした。


(4/4ページ)
http://www.sankei.com/premium/news/150216/prm1502160008-n4.html



 観念した様子の男もいれば、川の中に逃げ込んで撃たれたり、泣きながら命ごいしたりする男もいた。

 東京裁判は兵役年齢の男性約2万人を機関銃と銃剣で殺害した、と認定したが、原田は首をかしげる。処刑の場面を目撃したのは、この一度きりなのだ。

 東京裁判に出廷した元将校の証言によると、城内で捕虜にした残存兵は4千人に上り、半数を収容所に送り、残り半数を後に釈放した。武器を持って潜んでいた便衣兵を軍法会議にかけて処刑することはあるにはあったが、国際法に従って対応していたという。

 多くの戦闘を経験し、さまざまな感情を胸に刻んだ原田は今も講演で戦争の恐ろしさを訴える。それでも戦後浮上した「南京大虐殺」には納得できない。

 「何十万人もの大虐殺は信用できない。もし、大虐殺があれば、中国人はわれわれに和やかに接しただろうか」

(敬称略)


<参照終わり>



「戦争中も軍紀は守られていた。そんな残虐行為ができるわけがない」

<以下参照>
【歴史戦第9部 南京攻略戦】
(3)「婦女子に手をかけてはいけないと厳命されていた」 憲兵配置…略奪・強姦ありえない
産経ニュース 2015.2.17 06:07更新(1/4ページ)
http://www.sankei.com/life/news/150217/lif1502170003-n1.html
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 昭和12年12月の南京攻略戦をめぐる東京裁判の判決は、旧日本軍が残虐の限りを尽くしたと断定した。

 日本兵は市内に群がってさまざまな残虐行為を犯した。まるで野蛮人の一団のように放たれ、何の規律もなく、多くの兵は酔っていた。何ら口実もないのに中国人男女や子供を殺害し、死体は大通りに散乱、幼い少女や老女も含めて強姦(ごうかん)事件を起こし、射殺しては多くの住宅から略奪品を運び去った…。

 これが真実ならば、規律と統制を失った集団の、見るに堪えない不法行為の数々である。だが、元将兵の証言によると攻略後の城内は虐殺とはほど遠い平穏さがあった。加えて、軍には厳しい規律があったとの証言もある。

 「私だけでなく戦友や日本軍の名誉にもかかわる。悔しい思いをしました」

 元陸軍第16師団歩兵第20連隊伍長の橋本光治(99)は、身に覚えのない「虐殺者」の汚名を着せられたことに、今も怒りを禁じ得ない。

「戦争中も軍規は守られていた」と話す橋本光治さん(池田祥子撮影)
「戦争中も軍規は守られていた」と話す橋本光治さん(池田祥子撮影)


(2/4ページ)
http://www.sankei.com/life/news/150217/lif1502170003-n2.html


 昭和62年から平成元年にかけて、橋本の部下だった元上等兵らが出版した3冊の本の中で、橋本は「中国人を郵便袋の中に入れ、ガソリンをかけて火をつけ、手榴(しゅりゅう)弾を袋のひもに結びつけて沼の中にほうり込んだ」と描写された。

 橋本は名誉毀損(きそん)で元上等兵らを訴え、「客観的証拠もなく、真実とは認めるに足りない」として、1審から最高裁までいずれも橋本勝訴の判決が下った。そもそも、当時の郵便袋の大きさでは、成人男性を到底入れることはできなかった。

 「戦争中も軍紀は守られていた。そんな残虐行為ができるわけがない」

 橋本は昭和12年12月13日に南京入りし、23日まで城内外の敗残兵の掃討に参加した。翌月下旬に南京を離れるまで、1度だけ長江(揚子江)河畔の下関という場所で、捕虜となった中国人の男が使役されているのを目撃したが、一般住民の姿は見かけていない。

 「婦女子に手をかけてはいけないと厳命されていたし、夜間外出は禁止され、任務以外に自由な時間はありませんでした」


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http://www.sankei.com/life/news/150217/lif1502170003-n3.html


■ ■ ■

 橋本は日本の司法制度のもと、名誉を回復することができた。しかし、東京裁判は、元将兵にとって「身に覚えのない蛮行」の数々を断罪、弁護側の反論は一切聞き入れられなかった。

 判決では「攻略後最初の2、3日で1万2千人の殺害」という検察側の証言だけを採用した理由には触れられず、「1カ月間で2万の強姦」も数字の明確な根拠が示されなかった。

 こうした「不法行為」の多くが行われたという城内の「安全区」で、将兵はどう振る舞ったのか。軍は細心の注意を払っていたという証言がある。

 「安全区の掃討には厳重な命令がありました」

 南京戦に参加した元将兵らが集まり平成19年に東京で開かれた「南京陥落70年国民の集い 参戦勇士の語る『南京事件』の真実」で、元第9師団歩兵第7連隊伍長、喜多留治=当時(89歳)=はそう話した。

 安全区では、軍服を脱ぎ捨てて民間人になりすました便衣兵の掃討が、南京城陥落直後の昭和12年12月14日から始まり、喜多はこれに参加。安全区の警備も担当した。住民に十分配慮することや、掃討では将校の指揮に必ず従うことを命じられたという。


(4/4ページ)
http://www.sankei.com/life/news/150217/lif1502170003-n4.html


 掃討は同じ師団の金沢と富山の連隊が担当し、他部隊が安全区に入らないよう「金沢」「富山」という合言葉まで使っていた。喜多は略奪や強姦は「ありえないことです」と語った。

■ ■ ■

 南京攻略戦に参加した元陸軍第6師団歩兵第47連隊の獣医務曹長、城光宣(じょうこうせん)(98)も軍紀で思い出すことは多い。

 城は日米開戦後の昭和17年末に南方作戦に参加するまでの5年間の大半を中国戦線で過ごした。その間、城らは中国人の集落に駐留することもあった。日本軍と住民を分けるため集落の中央に線を引き、住民側に一歩も入ってはならないと厳命された。

 「憲兵がおりますけん、違反はできんし、われわれも絶対にせんかった。軍紀はそれほど厳しかったとです」

 東京裁判で弁護側は南京攻略戦はほかの戦場と変わりなかったと反論している。城も中国戦線で軍の規律が一様に保たれていたと強調した。

 ではなぜ、南京での「残虐性」がここまで突出するのか。城は「おかしかことですたい」と言って、ため息をついた。

(敬称略)


<参照終わり>


「南京入城後、非行が行われたと憲兵隊長から聞き、各部隊に調査と処罰をさせた」
戦前・戦中を全否定するような風潮の中で大虐殺説は日本人にも「定説」としてすり込まれていった。

<以下参照>
【歴史戦第9部 兵士たちの証言(4)】
「虐殺は終戦後、米軍放送で知った」 絞首刑の松井石根大将
産経ニュース 2015.2.18 05:00更新(1/5ページ)
http://www.sankei.com/life/news/150218/lif1502180008-n1.html
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 南京攻略戦で旧日本軍を率いた元司令官の大将、松井石根(いわね)にとって「南京大虐殺」は寝耳に水だった。戦後、東京裁判で松井はこう証言している。

 「(大虐殺は)公的な報告を受けたことがなく、終戦後米軍の放送で初めて知った

 戦勝国による追及が始まる中で現れた「南京大虐殺説」。その責任者として松井は昭和23年11月12日、戦犯として死刑判決を受け、12月23日に絞首刑に処せられた。70歳だった。

 「松井大将は清廉潔白だった」

 元陸軍第36師団歩兵第224連隊の少尉、内貴(ないき)直次(93)は戦後、松井の元私設秘書、田中正明から幾度となく聞かされた。田中は11年に松井に随行し中国を訪れた。戦後は近現代史の研究者として活動、平成18年に94歳で亡くなるまで虐殺説に反論した。

 昭和18年夏ごろ、南京に約1カ月間滞在した経験のある内貴自身もこう言う。


(2/5ページ)
http://www.sankei.com/life/news/150218/lif1502180008-n2.html


 「南京に入ったのは攻略戦から6年後。街は商店や人であふれ、平和な様子だった。もし、大虐殺があれば、住民の恨みを買い、われわれは平穏に駐留できなかったはずだ

 ■国際法に留意

 昭和12年7月、日中戦争が勃発すると、予備役だった松井は上海派遣軍司令官に就任。上海、南京攻略戦で軍を率いた。南京攻略を控え、松井は部下に「注意事項」を示し、何度も軍紀・風紀の徹底を図り、捕虜を正しく扱うことや、住民に公正な態度を取ることを指示。顧問として法学者を南京に帯同しており、国際法に注意を払っていたこともうかがえる。

 12年12月17日に南京に入城した松井は、当時の様子をつづった日記を基にした供述書で「巡視の際、約20人の中国兵の戦死体を見たが、市内の秩序はおおむね回復した」といった内容を述べている。一方で入城後に一部の兵による軍律違反の報告を受けており、法廷でこうも証言した。

 「南京入城後、非行が行われたと憲兵隊長から聞き、各部隊に調査と処罰をさせた」


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http://www.sankei.com/life/news/150218/lif1502180008-n3.html


 非行件数はどの程度なのか。松井の部下は裁判前の尋問で「10か20の事件だった」と述べている。だが、判決はこう断罪した。

 「自分の軍隊に行動を厳正にせよと命令を出したが、何の効果ももたらさなかった。自分の軍隊を統制し、南京市民を保護する義務と権限をもっていたが、履行を怠った」

 また、南京攻略後に松井が帰国したことをめぐり、検察側は日本が南京での多数の不法行為の責任を問い、司令官の職を解き召還したという構図を持ち出した。松井は「それは理由にはならない。自分の仕事は南京で終了したと考え、制服を脱いだ」と明確に否定したものの反論は一切聞き入れられなかった。

 「南京で2万の強姦(ごうかん)、20万人以上の殺害があった」と断定した東京裁判だが、松井に対する判決では「南京陥落から6、7週間に何千という婦人が強姦され、10万人以上が殺害」とそれぞれ数を引き下げた。

 ■蒋介石と親交


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http://www.sankei.com/life/news/150218/lif1502180008-n4.html


 もともと松井は、孫文が唱えた「大アジア主義」に共感し、志願して中国の駐在武官を務めたほどだった。中華民国トップの蒋介石とも親交があり、蒋が日本で暮らした際には生活の支援をした。その蒋が喧伝(けんでん)した「大虐殺説」によって松井は命を落とした。

 松井は昭和15年、上海と南京の土を使い、静岡県熱海市に興亜観音像を建立。日中両軍の戦死者を弔い続けた。戦後、傷みだした建物などを保護しようと、陸軍士官学校58期の元将校らが「守る会」(平成23年解散)を設立、田中が会長を務めた。

 58期の元少尉の和田泰一(89)は、「普通は敵兵の慰霊はしない。だからこそ、松井大将の思いを残さなければと皆が感じていた」と語り、こう続けた。

 当時の記録を読めば事実は別にあることは明らかなのに大虐殺説を許してきた私たちの責任も大きい」

 戦前・戦中を全否定するような風潮の中で大虐殺説は日本人にも「定説」としてすり込まれていった。


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http://www.sankei.com/life/news/150218/lif1502180008-n5.html


 昭和21年春、松井は収監前夜、親しい人を集めた席で次のような言葉を残した。

 「願わくば、興亜の礎、人柱として逝きたい。かりそめにも親愛なる中国人を虐殺云々(うんぬん)では浮かばれない」(敬称略)

 ◇

 【戦犯】連合国は戦争指導者らを通常の戦争犯罪ではない「平和に対する罪」(いわゆるA級戦犯)として、東京裁判で裁いた。東条英機、広田弘毅両元首相、松井石根大将ら7人が絞首刑、16人が終身禁錮刑の判決を受けるなど途中死亡者ら3人を除く25人全員が有罪となった。

 ドイツで行われたニュルンベルク裁判では有罪となった19人のうち16人までが「人道に対する罪」に問われた。日本ではこの「罪」はだれにも適用されなかった。=第9部おわり


<参照終わり>


このいわゆる南京事件なるものは米国(GHQ)による史観と

2015-01.18 そこまで言って委員会 17a
2015-01.18 そこまで言って委員会 17b
「例えば…南京事件は近代史最大の虐殺
などと特記された


2015-01.18 そこまで言って委員会 18
「また、連載が開始されたのが12月8日
つまり真珠湾攻撃の日だったことも
アメリカの報復的な意図を感じずにはいられず」



中国による反日工作により
未だ払拭されるに至っていない。
(少なくとも20万、30万という大虐殺は素人が考えたってあり得ないと分かるはず)
これについては以下の記事も参照したい。


A級戦犯は戦争犯罪人ではない…野田財務相、でも靖国参拝はしない民主党菅政権の全閣僚たち、石原知事「あいつら日本人じゃない」彼ら民主党菅政権の閣僚は先の大戦で亡くなられた英霊に感謝の念・鎮魂の思いすらないのか?【再掲】そこまで言って委員会「靖国問題と歴史問題」
http://omoixtukiritekitou.blog79.fc2.com/blog-entry-1088.html


※記事を読むには右側のスクロールバーを動かして下さい

2010年9月19日放送「たかじんのそこまで言って委員会」
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「中国側が犠牲者は30万人以上と主張する南京事件についても」

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当時の南京の人口が20万人だったことを考えると
荒唐無稽であり実際には2万人から4万人であった
と、いう説


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「中には
南京大虐殺は当時の中国国民党の反日宣伝であり
『虐殺自体無かった』
と、主張する研究者も」


(※感想:自分の考えも↑これに近いです。)



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「近現代史家の秦郁彦氏によると
中国の水増しは常套手段で


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「終戦直後東京裁判に報告された
中国軍人の死傷者数は321万人であったにもかかわらず」


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「1980年代、中国の軍事博物館や教科書に
中国軍民の死傷者数2168万人という数字が登場し」


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「さらに1995年江沢民前国家主席がモスクワで行った演説では
死傷者数は3500万人にふくれあがったという


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「そうした背景には、当時中国国内で大きくなりつつあった民主化運動を沈静化し

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「共産党政権を維持するために反日思想が政治利用され」

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実際に反日教育が行われて来たことも否定できません

なぜ南京大虐殺は捏造されたのか?

http://youtu.be/iPhyKUmxwm0
We Japanese know that there are several 'self-confessed ex-Japanese soldiers' who testify that the Imperial Japanese Army committed atrocities against Chinese soldiers and civilians at 'so-called Nanking Massacre' (1937). However, it is a fact that there are many ex-Japanese soldiers who testify that Nanking Massacre never happened, while there are several 'self-confessed ex-Japanese soldiers' who testify that Nanking Massacre happened.

Testimony is only testimony. Not all of testimonies are evidences. Testimony is always required proof. Testimony is always required rationality and credibility. We can describe only 'testimonies which have been supported by rationality and credibility' as personal evidences (antonym: physical evidences). A man tends to believe whatever he wants. We should always hear their testimonies from an objective perspective.

It's interesting to note that 'so-called Nanking Massacre' is a victimless murder. There are 'self-confessed ex-Japanese soldiers' who testify that the Imperial Japanese Army committed atrocities against Chinese soldiers and civilians at 'so-called Nanking Massacre', however, the dead bodies that Japanese soldiers are suspected to have massacred have not found yet. Nanking Massacre should be called 'a victimless crime' or 'a victimless murder'.

言わゆる南京大虐殺は、連合軍、とりわけ、日本に原爆という非人道的な大量殺戮兵器を 非戦闘員である日本人50万人(広島・長崎)の頭上に投下したアメリカが、この国際法 上まったく違法な非人道的行為を正当化するために、日本軍に濡れ衣を着せた捏造された 事件である。アメリカは、さらに日本国内の66都市に無差別爆撃を行い、日本人という 民族に対するジェノサイド(民族抹殺)まで意図していた。その背景には、アングロサク ソンの根強い有色人種への蔑視が存在する。

アメリカは、そうした許されざる非道を正当化するために、南京大虐殺をでっち上げ、そ して日本軍に濡れ衣を着せた。まるで、アメリカは「俺たちが日本人の女・子供を殺した のは、お前ら日本人が南京で20万人の女・子供を殺したからだ。その罰として、原爆を 与えたのだ」と言わんばかりだ。

中国共産党が現在やっきになって「南京大虐殺」についての根も葉もないプロパガンダを 世界中で展開している。すでに中国が南京大虐殺の証拠として提示する写真・計143枚 は、そのすべてがニセ写真、捏造、またはまったく無関係かのいずれであることが証明さ れている。にもかかわらず、中国共産党は、南京大虐殺記念館を増築し、反日プロパガン ダを強化している。

さらに、中国共産党は日本軍による残虐行為の犠牲者と称する者たちを並べ、南京大虐殺 を立証しようとする。しかしながら、われわれが理解すべきは、証言は、あくまで証言で あり、即、証拠とはならない。証言が、証拠としてみなされるためには合理的裏づけが必 要となるということである。合理的な裏づけ、それが証言の信憑性を保証するのだ。 信憑性を欠いた証言は、証言とは呼べない。それは作り話である。

中国は、元日本兵の証 言(南京戦・松岡環)まで用意し、その事件を立証しようとするが、その元日本兵と称す る者たちの素性が極めて怪しいのである。つまり同じ部隊の元日本兵たちが、中国が用意 した自称・元日本兵を知らないのである。素性が怪しい者の証言をどうして証拠として採 用できようか。

歴史は「記憶」である。いま日本人は、71年前に実際に南京攻略戦に参加された元日本 兵たちの証言を記憶しなければならない。

急げ!時間はもうあまり残されていない。そして歴史を記憶せよ。

TAMAGAWABOAT
http://tamagawaboat.wordpress.com/




南京陥落当時の貴重な映像(1of5)


http://www.youtube.com/watch?v=FMKZzZREqh8





今年、中国はここぞとばかりに反日工作イベントを行う…

2015-02.15 そこまで言って委員会
2015-02.15 そこまで言って委員会 15
石平氏
「あの…中国は去年ね、この3っつの国家的記念日を制定した
まあ…7月7日ようするに日中戦争勃発のあの記念日ですわね
あの9月3日がようするに中国の日本軍が当時の中国政府(中華民国)に降伏したのは、この9月3日
まあようするに向こうからすれば日本に対する戦争の勝利した記念日
(辛坊次郎氏「8月15日じゃなくて9月3日なんですね」)
…3日ですわね
まあ中国からすればですよ。
(辛坊次郎氏「なるほど」)
それでこの12月13日という記念日はさらにひどいですよ。
いわゆる南京大虐殺、え…犠牲者の国家的追悼日ね
あの去年一年間この3つの国家的記念日を制定して
それ…3つともね、去年ですよ
いずれもあの中国で…国内で大規模な反日行事を行って
それ習近平さん自ら…全部出席したんですわ。


2015-02.15 そこまで言って委員会 16
井上和彦氏
この3つともね…基本的には中華人民共和国って何にも関係ないんですよね。
中華民国を相手に戦ってて
(石平氏「そうそうそうそう」)
これ、7月7日9月3日12月13日
これ、12月13日はそれと別格なんだけれども
これ、もしあったと…ね、仮定してもね
これは、中華民国相手なんで中華人民共和国ってホントね…何にも関係ない

1949年に建国した国がね、あんなとこで戦争してないんで
これほんとにもえちゃん…ずうずうしさっていうのは半端じゃないですよ。」

※:参考

池上彰緊急スペシャル!「領土をめぐる問題」08 大戦時の連合国軍の中国は中華民国・台湾
大戦時の連合国軍の中国は中華民国・台湾

2014-02.26 青山繁晴 水曜アンカー 提供:別寅かまぼこ 「なぜ中国・韓国は反日なのか」… 21B 中華人民共和国は戦勝国ではない「第2次世界大戦の戦勝国は、中華民国」
中華人民共和国は1949年建国

<参考過去記事>

中韓の反日史観との戦いと同時に東京裁判史観(WGIP)・戦後自虐史観との戦い。【中韓の反日プロパガンダに簡単に騙される外国メディア】物量に物を言わせて世界中で展開される中韓の反日宣伝に対抗する態勢を築くには、情報発信におけるさらなる予算措置を含め、国を挙げての取り組みが急務だ。
http://omoixtukiritekitou.blog79.fc2.com/blog-entry-2413.html




2015-02.15 そこまで言って委員会 17
石平氏
いやいやいやまあ…
まあ彼達からすれば、まあ関係ないかとかどうでもいいから

(井上和彦氏「どうでもいいの?」)
まあ、利用できれば利用する
(井上和彦氏「どうでもいい?どうでもよくないでしょう、どうでもよくないよこんなもん」)
(金美齢さん「理屈の問題じゃないんだよ、理屈の問題じゃないって言ってるんだよ」)
だから、習近平の考え方はようるすにこの3つの記念日を利用して
しかも、あの…9月3日いま中国政府はあの北京であの大規模な軍事パレードを予定してるんですがね

(井上和彦氏「それ安倍さん行ったらいいじゃん」)
しかもこの…軍事パレードに周辺諸国の首脳…
例えばロシアのプーチンとか
韓国のあの…大統領ですわ

あの人も招いて、それで反日キャンペーンやる
歴史問題利用して、まあ周辺諸国巻き込んで日本包囲網をね、ようするにまあ作ろうとしている。

まあそういうような状況になるんですが
みなさん今年ね、やっぱり日本もね
あのいわゆる中国がこの一年間利用してのいわゆる反日宣伝にもね…あの気を付けなければならない。



上記に紹介した石平氏の主張…
これは今年2015年2月の発言なのだがまさにこの通りに推移していないだろうか?
とくに9月3日の軍事パレードにおけるロシアや韓国の動き…





2012年4月7日放送の「たかじんNOマネー ~人生は金時なり~」より

2012年4月7日 たかじんNOマネー C  03
石平氏
「まあまあま、あのころね、例えば小学校から高校までのもちろん教科書にもね南京虐殺とかその記載も無かった

青山氏
「えっと石平さんが子供のころのトップは誰ですか?」

石平氏
「毛沢東死んだのは1976年、私が14歳のときですからあの時代」

青山氏
「じゃあ江沢民になってから」

2012年4月7日 たかじんNOマネー C  04
石平氏
「ただそういう問題ね、だいたい問題80年代、90年代あのへんね出てきたんですよね
ハッキリと言って私の友達の中にもね南京に先祖代々住んでるやつがおるんです
じゃあ彼にも聞いたんです
「お前がそんな話(南京大虐殺)老人から誰から・・そんな聞いたことあるか?」と言えば
「いや無いね、知らんね」と言う話
だから南京大虐殺が(は)ハッキリと言ってあれは嘘です。




そこまで言って委員会NP 150816_1
そこまで言って委員会NP 150816_1
http://www.dailymotion.com/video/x321ha8_%E3%81%9D%E3%81%93%E3%・・

そこまで言って委員会NP 150816_2
そこまで言って委員会NP 150816_2
http://www.dailymotion.com/video/x321jc4_%E3%81%9D%E3%81%93%・・


そこまで言って委員会NP
2015年8月16日(日) 13時30分~15時00分

シリーズ戦後70年(5)徹底検証!日本の“黒歴史"▽「南京大虐殺」「従軍慰安婦」「731部隊」・・・日本軍“蛮行"の真偽は?知られざる歴史の“暗部"に迫る!.

出演者

司会
辛坊治郎 渡辺真理 櫻井よしこ 金美齢 桂ざこば 長谷川幸洋 宮家邦彦 池田信夫 須田慎一郎 竹田恒泰 山口もえ
ゲスト
井沢元彦(作家) 西岡力(東京基督教大学教授)

番組内容

シリーズ戦後70年(5)日本の“黒歴史"を徹底検証! ▽犠牲者30万人!?「南京大虐殺」は本当にあったのか? ▽「従軍慰安婦」の真実とは?戦後70年終わらぬ論戦 ▽特殊部隊が非人道的な生体実験!?謎が謎を呼ぶ「731部隊」その実態は?


[そこまで言って委員会NP 【シリーズ「戦後70年」徹底検証 日本の黒歴史】 ]
の番組概要ページ - gooテレビ番組
http://tvtopic.goo.ne.jp/kansai/program/ytv/55238/401797/
※記事を読むには右側のスクロールバーを動かして下さい

放送日
2015年8月16日(日) 13:30~15:00

放送局
よみうりテレビ


番組概要

オープニング (その他)

今回は南京大虐殺と、従軍慰安婦問題、関東軍731部隊による人体実験の真実を検証する。

そこまで言って委員会NPのHP。

辛抱は、ニュース番組で働く際にこのVTRは偏極報道だと思われる物があった際はどうしていますか?と櫻井よしこ尋ねた。櫻井はテレビだとその制約があるため、インターネット番組をやっていると話した。

ゲストは作家の井沢元彦、拉致被害者救出活動を行っている西岡力。


シリーズ「戦後70年」徹底検証 日本の黒歴史 (バラエティ/情報)

昨年中国政府はユネスコに対し、人類の尊厳を守り、人権侵害や非人道的行為を二度と起こさないためにとして、南京大虐殺や従軍慰安婦に関する資料を世界記憶遺産に登録申請した。この秋にも、新規登録の可否を審査する国際諮問委員会が開かれることになっている。中国の南京を占領したという旧日本軍が、多くの捕虜や民間人を殺害したとされる南京大虐殺は、犠牲者の数やその存在自体を巡って以前から様々な論争が繰り広げられてきた。1937年12月に日本軍は支那事変を集結させるため、中華民国の首都・南京を攻略し13日に占領した。いわゆる南京大虐殺とは、その占領後6週間~2ヶ月間の間に数十万人が日本軍に虐殺されたとする説である。
この事実はポツダム宣言に基づき、戦争に責任のある主要戦犯を審議するために行われた東京裁判の過程で明らかになった。その際、被害者の数は20万人以上と認定されたが、その後中国政府は30万人と主張し始めた。この犠牲者数には日中間に相違があり、2010年に行われた日中共同歴史研究報告書によると、中国側研修者は総数30万人余りと主張したのに対し、日本側研究者は20万人を上限に4万人、2万人などの推計があると主張した。30万人以上を主張する中国政府関係者は南京の犠牲者数が広島・長崎の原爆犠牲者数より多いところに意義があると論じているという。
事件そのものが虚構・捏造とする研究者もいる。それは事件の証拠が無いためである。南京大虐殺の証拠と称する写真は世界中に流布されている。それらの写真を日本の研究者が検証したところ、現在流布している証拠写真の多くは出所が不明なものや合成のものなどがあり、証拠として通用するものは1枚もなかったとしている。さらに「『南京事件』日本人48人の証言」によると、当時南京に居た軍人・記者・写真家ら日本人生存者にインタビューしたところ、南京大虐殺を見たという人は48人中誰もおらず、東京裁判で虐殺が指摘されたことは全くの寝耳に水だったという。
また、南京在住外国人の国際委員会が不祥事を日本大使館に届けた市民十代被害報告が1938年大学教授のルイス・スマイスによりまとめられたが、その報告に因ると南京陥落後3日間で多い日で殺人が4件、強姦略奪が5件であった。これは国際委員会が受理した南京市民からの被害届である。現在日本政府は外務省ホームページの歴史問題に関するQ&Aで南京事件は認めているが、大虐殺が合った事実には諸説あり真実を特定することは困難だとした。
宮家邦彦は30万人はありえないが、民間人の犠牲は否定出来ないとした。宮家は2回南京大虐殺紀念館を訪れた事があるという。記念館は中央に白骨死体を展示してあり驚いたという。西岡力は、捕虜としてとらえた2万人の中にゲリラが混じっており、捕虜も殺してしまったことは旧日本軍も認めているが、一般住宅を虐殺した事実は無いとした。
櫻井よしこはは阿羅健一の本によると、南京陥落前に逃げた現地の住民が陥落後に南京に戻り、日本人を相手に商売を行っていたと記載されているという。その状況から考えるとゲリラと戦闘することはあったかもしれないが、虐殺はなかったとした。30万人だと一日5000人を殺した計算になるが、さすがにそれは誇張だろうとされた。南京大虐殺は死体の処理を考えられておらず、死体の処理の対策をせずに1日5000人殺す状況は現実的でないとされた。
中国人学者が衝撃発言!!


シリーズ「戦後70年」徹底検証 日本の黒歴史 (バラエティ/情報)

櫻井よしこは文藝春秋の対談で、中国側の学者と話した際に、中国政府が戦後時間が経つに連れて日中戦争犠牲者の人数を釣り上げていることについて触れたところ、中国側の学者に3回聞いたところ、犠牲者の数は中国人民の感情に比例すると答えたという。
「南京事件」の探求という本には、中国人は表に出ず、お金を払い第三国の人に南京大虐殺に関する歴史を書かせているという。また蒋介石の右腕だった人物が残した陥落後3か月間の”見聞”を中心とした記録は南京大虐殺の重要な証拠とみなされているが、同一人物の自伝には、日本軍統治下の南京にいた際の日記も書かれており、内容は友人と囲碁を打っていたなどの長閑な日々が綴られていたという。櫻井よしこは外国人特派員協会で、英語で南京大虐殺の事実がないことをアピールしたという。また、国際安全委員会の人口調査によると、南京陥落後の人口は20万人から25万人に増えたという。
南京大虐殺も従軍慰安婦も日本での誤報がきっかけで中国や韓国で誇張を増していると櫻井よしこ氏は語った。日本人がそのような著書を信じてしまう背景には悪い戦争をしてしまった反省という意識があるためだという。戦闘員を殺すことは虐殺とは言わず、民間人を民間人と知りながら殺すことが虐殺であるという。その点で言うと、世界最大の無差別虐殺は原爆投下だとされた。
日本人は全くアメリカを責めないが、中国人や韓国人は日本を責めることについて、日本のメディアはイデオロギーが先行して事実が伝えられていないせいだとされた。
こちらも当委員会の真骨頂!!


シリーズ「戦後70年」徹底検証 日本の黒歴史 (バラエティ/情報)

続いては「従軍慰安婦」についてVTR紹介。毎日新聞の記事では「従軍慰安婦は戦時中、日本軍が派遣された、中国や東アジア各地の慰安所で将兵との性行為を強いられた朝鮮人、中国人、フィリピン人、オランダ人などの女性たちで、日本人も少数ながらいたと記されている。しかし全体像を示す資料は残ってなく慰安婦の数も学者の推計でまちまちである。そして1991年8月15日、元慰安婦の韓国人女性が金学順氏が実名で記者会見を開き、補償問題を名乗り出ると、朝日新聞の誤報もあり日韓関係の外交問題に発展した。その後、1993年に日本が調査結果とし、軍の関与や強制性を認めた「河野談話」を発表した。
従軍慰安婦で起きた問題が紹介。2013年10月16日、産経新聞は「河野談話」で慰安婦強制を認める唯一の拠り所とされた元慰安婦16名の聞き取り調査は裏付けしないまま行われていたと発表。これは原案段階から韓国側とすり合わせをした「合作」とし河野談話は崩れていると記事に掲載した。また朝日新聞は80~90年代にかけ16回の記事で強制連行の日本側の証人とし吉田清治氏を取材。吉田氏は済州島で200人の若い朝鮮人女性を狩り出した、日本の植民地だった朝鮮で戦争中、慰安婦にするため女性を暴力を使って無理やり釣れだしたと言った証言記事を出したが、その後の調査で全て嘘だった事が判明している。
ここで、本当に軍の関与はなかったのか?第71代 内閣総理大臣 中曽根康弘の手記から気になる一文が紹介。かつて、海軍主計大尉だった中曽根は、1978年に出版された「終わりなき海軍」で3000人からの大部隊だ。やがて原住民の女を襲うものやバクチにふけるものも出てきた。そんな彼らのために、私は苦心して、慰安婦をつくってやったこともあると記されている事が明かされた。現在、中曽根元総理は旧海軍時代に慰安所をつくった記憶はないと完全否定している。
1996年、スリランカの女性活動家だった元国連事務次長のクマラスワミ氏は慰安婦について「軍に強制連行」された「性奴隷」と認定し、日本に国家賠償、関係者の処罰を勧告するクマラスワミ報告を作成した。その報告書を受け、ジュネーブの国連人権委員会は、日本軍の従軍慰安婦問題を含む女性に対する暴力に関する決議を採択した。ここで本当に慰安婦は「性奴隷」だったのか…戦前期は売春は合法、売春婦は公娼と呼ばれ給料体制も高いものだったと説明。そして1944年に20人の朝鮮人慰安婦を尋問した米軍は彼女たちを高収入の売春婦と定義、外出・廃業・接客拒否の自由があったとしている。その上で全て売春を性奴隷というならば、朝鮮戦争やベトナム戦争など参戦諸国も比較の対象としなければならないと意見もあがっている。ここでスタジオに質問。あなたが考える“従軍慰安婦”の真実とは?
スタジオで、ほとんどが「売春」と回答が多くあがった。宮家氏は「全員が性奴隷とは思わない。職業としていた人もいただろうし、騙された人もいたかもしれないけど、組織的にとは証拠も残ってない」と述べていた。ここで西岡氏は、「日本が1991年に挺身隊として連行した事から解釈など変わってきた」と説明した。
長谷川氏は外国人が、従軍慰安婦を「コンフォートウィメン」を訳した事が問題である。何で語学堪能な外務省が、そういった造語を作ったのか、やってしまったのか腑に落ちないと語った。ここで櫻井が外務省が訳した事について、「外務省は目の前の問題について逃げているのではないかと思ってしまう。資料を探している時に確認出来る資料が出なかった。そこで韓国側と強制性を認めれば二度と問題は持ち出さないと合意したが書面など残してない事を知った」と語っていた。
驚愕!!日韓合意の担保は○○


シリーズ「戦後70年」徹底検証 日本の黒歴史 (バラエティ/情報)

スタジオで従軍慰安婦についてトーク。櫻井は、かつて「韓国側と強制性の合意について、どうやって固めたか」と石原氏に質問すると、「ないんです。あうんの呼吸です」と返された事を明かした。ここで宮家氏は「自分だったら文書にします。そうじゃなかったら困る。ただ相手も書きたがらない場合は、政治判断に持っていく」と宣言していた。ここで西岡氏が、1992年に宮沢政権が訪韓し、8回謝る様子が紹介。その後、外務省に何が根拠で総理大臣が謝ったのか質問すると「これから調べます」と言われガッカリしたと語っていた。
宮家氏は1992年について韓国が民主化を始めた頃で、韓国がゴールポストを動かした事で今回にも繋がっていると説明。西岡氏は当時、韓国は日本から技術移転を貰おうと狙っていて、そこで朝日新聞の従軍慰安婦問題があがり、そこを利用するか議論に入った事を説明し、外務省のあり方について批判の言葉を述べていた。
ここで辛抱氏は、自分が聞いた話では「クマラスワミ報告」への反論文を作成していたが、お蔵入りにしてしまったと述べると、西岡氏は「公開したけど戻す事になった」と補足説明をしていた。そして現在の外務省のHPでは「慰安婦問題」について記載が出ているが河野談話で謝ったこと、アジア助成基金で償ったとしか書いてない。もっと本当の部分も載せて欲しいと訴えていた。
がんばれ!!宮家さん。


シリーズ「戦後70年」徹底検証 日本の黒歴史 (バラエティ/情報)

外務省のユネスコ大使が世界遺産委員会で、強制徴用があったと認めてしまった問題で、これは後々取り沙汰され従軍慰安婦問題よりも大きくなる危険性があるとされた。日本人は落とし所を探ろうとし過ぎであるとされた。戦場の売春というものはどこの国でもあることだという適切な反論をするべきだとされた。
日本は、外務省の外に日本の名誉を守るための省庁を作るべきだとされた。韓国は日本の歴史問題を追求するための部署を立ち上げているが、日本にはそれを対処する部署が無いため、相手の追求に謝ってしまったりして根拠の無い事実を認めてしまう原因になるとされた。
1981年に発売された森村誠一のノンフィクション「悪魔の飽食」で明らかになったとされる、旧日本軍の特殊部隊「731部隊」について取り上げる。
どうなる!?当委員会初議論


シリーズ「戦後70年」徹底検証 日本の黒歴史 (バラエティ/情報)

731部隊は細菌戦の研究・遂行のため、日本陸軍が1933年に創設した特殊部隊の関東軍防疫給水部本部のことである。ハルビン市南方20キロ地点の平房付近に、1年半の歳月をかけて1939年に完成した本部には大規模な研究施設群があり、中国人・ロシア人など様々な人種の女性や子供も含む人々が、生体実験・生体解剖に使用されたとされている。敗戦後、中尉がGHQと取引し、部隊の全データと引き換えに全員が戦犯を免責されたと日本大百科全書に記載されている。
事実とされるこれら731部隊の実態が明るみに出たのは、森村誠一の著書「悪魔の飽食」がきっかけだったという。森村氏は別の著書「死の器」で731部隊について記載したが、元隊員から「実態は違う、本気で調べるのなら協力する」と連絡があったのをきっかけに、当時赤旗の記者だった下里正樹氏と共に共同取材を開始した。第一部・第二部が赤旗に掲載され、その後単行本化した。しかし、第2部続・悪魔の飽食に掲載された証拠写真の多くは、それよりも20年以上も前に満州で大流行したペストの防疫に関する写真集に掲載されていたものと同じだったことが判明した。
悪魔の飽食の写真改ざんを掲載した日本経済新聞は、2005年8月15日朝刊で「731部隊関係者 米から現金」と題する記事を掲載した。GHQが731部隊に実験データを始めとする情報提供の見返りに原因を渡すなどの秘密資金工作を展開したことがアメリカの公文書の中から明らかになったとする内容を報じた。731部隊の元幹部の中には、戦後進駐軍に頼まれて血液銀行「日本ブラッド・バンク」を創設した内藤良一元陸軍軍医学校教官らがおり、ブラッドバンクは後にミドリ十字と改称し、薬害エイズの素因となったとの指摘もある。
731部隊の証拠はなく、アメリカ政府が解禁になった文章を調べたが、生体実験が行われていた証拠はないという。

”731部隊”は「不都合な真実」!?

シリーズ「戦後70年」徹底検証 日本の黒歴史 (バラエティ/情報)

井沢元彦は、当時細菌兵器が国際条約でまだ禁止されていなかったため、兵器の研究をしていたことは確かである。さらに、細菌兵器の場合、最終的に動物・人体実験をしないと効果が確認できないことは確かで、本当に実験が無かったかとは言い切れないとした。また米軍にデータを提供した見返りに免責されたとすれば、そのデータが有るはずだが出てきていない。すべての「公文書」が50年経って公開されているわけではないという。人体実験を追求するならば、原子爆弾は世界最悪の人体実験であるとされた。
日本軍が負けて捕虜となり、中国共産党に拘束された人々は共産党に洗脳されて日本に帰国し、共産主義運動を日本で行ったという。労働者を徴用したことや731部隊を主張していたのはすべてこの共産主義運動を行っていた人々だという。そのため、証言としては存在するが物的証拠が見つからない現状である。西岡力は当時の国際法上日本が虐殺をしたという事実については証明されていないという。

「超・戦争論」の宣伝。

インターネット限定動画「問題を大きくしているのは…?」と番組公式携帯サイト告知。
731部隊については、証拠がなく議論のしようが無かったため、出演者全員が分からないとした。櫻井よしこは「歴史問題」は心理的なものであってはならず、事実を調べることが大切だという。また、中国から洗脳されて帰ってきた人の政治活動をもっと研究するべきだとした。


エンディング (その他)


エンディング映像。




【2015年8月16日放送そこまで言って委員会NP】
一部抜粋
そこまで言って委員会NP 150816 001
そこまで言って委員会NP 150816 002
そこまで言って委員会NP 150816 003
そこまで言って委員会NP 150816 004
そこまで言って委員会NP 150816 005

こうした疑問、や矛盾、事件があったとする証拠の不確かさは他の中国・韓国等の言いがかり・反日的な主張などにも共通する部分はある。


【2015年8月16日放送そこまで言って委員会NP】
※記事を読むには右側のスクロールバーを動かして下さい

そこまで言って委員会NP 150816 015
櫻井よしこさん
「あの731部隊の事についてね、あの実際私もよく分からない部分もたくさんあるので
その自信を持って言う事ができないんですけれども、あの…一つ確かなのはね
あの…日本軍が負けて、そして捕虜になって中国の収容所でかなり長い間拘束された人達がいるわけですね。
でこの人達はホントにね、あの…洗脳されてるんですよ。

そして自分の犯した罪をね懺悔しろと…
でどれだけキチンと懺悔できるか…書くことができるかって…

ちょうど文化大革命の時に…あの金(金美齢)さんよくご存知でしょうけども
あの共産党…じゃなくてそれまでの幹部に、今まで自分の犯した罪を自己を批判させた…
あれを…日本の兵隊にさせるんですね。
そしてもう完全にその洗脳された人達が日本に帰ってくる

でこの人達が、日本で共産主義運動やるわけですよ

そして、さっきちょっと話題になりましたあの徴用工ですね
あの労働者を徴用してきたという…のの言い始めたのもこの人達
この731部隊の事もこの人達が言っていて
まあ、証言としてはあるんだけれども
今見てみると写真はやっぱり偽物だったとかですね
何も物的証拠が無いということなんですね
。」


そこまで言って委員会NP 150816 016
竹田恒泰氏
「結局あの南京大虐殺で…30万人虐殺された…っていうことをねつ造するぐらいですから
3~4000人の生体実験ぐらい簡単に捏造しますよ。」

そこまで言って委員会NP 150816 017
須田慎一郎氏
「この当時ね、「悪魔の飽食」とワンパッケージで…覚えてらっしゃいますかね?
同じように親書版で「三光作戦」っていうね…。」


櫻井よしこさん
「あー…ありましたはいはい。」

須田慎一郎氏
「え…そういうキャンペーンが出てくるわけですよ。」

そこまで言って委員会NP 150816 018
櫻井よしこさん
殺し尽くす焼き尽くす奪い尽くす
…三光作戦。」


そこまで言って委員会NP 150816 019
須田慎一郎氏
「で、これも似たように資料だとか写真の類がどんどんどんどん出てきたんだけども
結局その「三光作戦」そのものが日本の、え…まあ用語ではなかった、言葉ではない。

(宮家邦彦氏「中国語ですよ。」
それは…消えてなくなっちゃったんですよ
残ったのがこの「悪魔の飽食」なんだけども
これについては検証しようが無い…ていうところで残っているだけなんですね。」


そこまで言って委員会NP 150816 020
渡辺真理さん
「これでもう…あの、「悪魔の飽食」の写真については、写真の改ざんなわけですよね?
で森村さんが、自分に責任があるって謝ってますけど
何故謝ったかとか…
一緒に取材してる赤旗(しんぶん赤旗)記者の下里さんはどう言ってるのかとか…
こういうものは残ってないんですかね?

つまり、謝る…っていうことで検証を封じてしまう…っていう効果が凄くイヤなんですけど。
なんでこれをしたのかって事が分からない。」



※感想:渡辺真理さん曰く「謝る…っていうことで検証を封じてしまう…っていう効果が」
これ、この731部隊の問題以外にも「慰安婦問題」「徴用工問題」「いわゆる南京事件」他でとにかく日本は謝るべきと主張する論者や左派系言論人、メディアの姿を今更ながら考えると
実は日本に何度でも謝らせようとする目的の一つにこの渡辺真理さんが危惧する
『謝る…っていうことで検証を封じてしまう…っていう効果』
これを狙っているんじゃないのかと思ってしまう。



そこまで言って委員会NP 150816 021
西岡力氏
「だから、基本的には証言しかないものについて
あ、あの…推定無罪という刑事判例ですね…ありますよ
もちろん、犯罪があれば裁かれなくちゃいけませんけども…
あの…当時の国際法上日本が、本当に虐殺をしたといわれる事があったのかって事について証明されてない。」


そこまで言って委員会NP 150816 022
長谷川幸洋氏
「それにね…ジャーナリストの立場で考えると
何か書こうとする時に写真を探すってのは分かりますよ。
写真を探して、探して、探していくけれども…
そこに行きあたったものが、ペストの物だったり
全然別の物だったとするとですよ

それを提供した人がいるでしょう?

(西岡力氏「そうですね。」)
その提供した人は…一体どういうつもりで提供しているのかっていうことですよね。」

そこまで言って委員会NP 150816 023
西岡力氏
「あの…吉田清治さんってさっき出てきましたけどね
うそをついて…自分が連行しましたと
彼は、過去に共産党から地方議員に立候補してますね
だから、そういうネットワークがあるわけです
もちろんそれ以上の事わかりませんからそれしか言いませんけれども
そして、赤旗に出たものが…写真がねつ造と
じゃあ誰が提供されたのか…ハッキリとされてない。」


そこまで言って委員会NP 150816 024
辛坊治郎氏
「まあまあそういうことなんでしょうね。
基本的これに関しても、う…んほぼ皆さん共通しているんで
要するにわかんない…ちゅうところでね
後はじゃあ…何をどう信じるかっていうその人間の心…ある意味心理の問題に入ってく…ちゅう話もあるんですけど櫻井さん、さあ最後のまとめで。」

そこまで言って委員会NP 150816 025
櫻井よしこさん
「あの…この歴史、これ(731部隊)も歴史問題ですよね
歴史問題で心理の問題に入るっていう事はなるべく避けた方がいいと思うんですよ
私達はやっぱり事実に関して…どこまで突き詰める事ができるか?
そこをやっぱり追求していかなきゃいけないんですね。

今まで日本が失敗したのは、心理を重視したから
かわいそうだからちょっと謝ってみよう…とかですね
気の毒だからって
…これもう日本人の善意でもあるんですけれども
これによって…じゃあ韓国の人達がこの慰安婦問題で幸せになったかって言ったら…けしてなってないと思いますよ。
この…この731部隊の事でも
やっぱり私達はホントに事実は何なんだろうかという事を調べなきゃいけないし
今一つ盲点はね、中国で抑留されて、洗脳受けて、帰ってきた人達の言動
かなりしっかりまとめている人もいるんですが
ここの研究がまだ足りないんです。
だからこの人達が ¥どういう事を主張したか、どういう動きをしたか
どのような政治的団体と共に行動していたかという事の研究を
もっとしたらいいというふうに思います。」




日本国内に巣食う自虐史観からの一国も早い脱却も必要!

2012年9月23日 たかじんのそこまで言って委員会
【自虐史観】
2012年9月23日 たかじんのそこまで言って委員会「秋の中国まつり!」 【自虐史観】日本人が日本人を虐げる、その恐ろしさについてこそ・・今の子供たちに教えなければならないのかもしれません。
日本人が日本人を虐げる
その恐ろしさについてこそ・・今の子供たちに教えなければならないのかもしれません。






2015年1月18日放送「たかじんのそこまで言って委員会」

2015-01.18 そこまで言って委員会 20
「GHQ指令の
戦争への罪悪感を
日本人の心に
植え付けるための
宣伝計画

【ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム】


2015-01.18 そこまで言って委員会 02
「続いては、日本の思想・教育」

2015-01.18 そこまで言って委員会 03
「日本の戦後教育は正しかったと言えるのか?」

2015-01.18 そこまで言って委員会 04
「先の戦争は日本による侵略戦争だった」

2015-01.18 そこまで言って委員会 05
「もうあのような蛮行は繰り返してはならない」

2015-01.18 そこまで言って委員会 06
「人権・平和・生命について強く教えた戦後教育」

2015-01.18 そこまで言って委員会 07
「それによって多くの日本人の中に
根強い自虐史観が植えつけられたと言われている。」


2015-01.18 そこまで言って委員会 08
「そして…
その歴史認識に関しては
中国や韓国からも激しい批判を受け」


2015-01.18 そこまで言って委員会 09
「これまで、日本の指導者は謝罪を繰り返してきた

2015-01.18 そこまで言って委員会 10
「しかし、こうした日本の自虐史観の刷り込みの出発点
実はGHQ、連合国軍総司令部による占領政策だったと言われている。」


2015-01.18 そこまで言って委員会 11
「終戦から4カ月経った1945年12月8日

2015-01.18 そこまで言って委員会 12
「GHQは、日本の新聞に連載を始めさせる」

2015-01.18 そこまで言って委員会 13
2015-01.18 そこまで言って委員会 14
2015-01.18 そこまで言って委員会 15
2015-01.18 そこまで言って委員会 16
「連載は10回に渡り
満州事変から終戦に至るまでの日本の悪行を強調する内容で」


2015-01.18 そこまで言って委員会 17a
2015-01.18 そこまで言って委員会 17b
「例えば…南京事件は近代史最大の虐殺
などと特記された


2015-01.18 そこまで言って委員会 18
「また、連載が開始されたのが12月8日
つまり真珠湾攻撃の日だったことも
アメリカの報復的な意図を感じずにはいられず」


2015-01.18 そこまで言って委員会 19
ここに掲載された歴史観が
その後の極東軍事裁判、いわゆる東京裁判史観に通じるものだった。」


2015-01.18 そこまで言って委員会 20
「このGHQ指令の
戦争への罪悪感を
日本人の心に
植え付けるための
宣伝計画

ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム
…と言われ。」


2015-01.18 そこまで言って委員会 21
「現行憲法同様、アメリカによって日本に押し付けられたものと言える。」

2015-01.18 そこまで言って委員会 22
「しかし、戦時中の言論統制で
情報に飢えていた日本人は」

2015-01.18 そこまで言って委員会 23
2015-01.18 そこまで言って委員会 24
GHQが計画的に与えたアメリカ製の歴史認識を吸収し」

2015-01.18 そこまで言って委員会 25
2015-01.18 そこまで言って委員会 26
「これが、歴史の真実として定着

2015-01.18 そこまで言って委員会 27
「その後…
アメリカ製の平和憲法も受け入れる事になる


2015-01.18 そこまで言って委員会 28

2015-01.18 そこまで言って委員会 29
「私は歴史の先生はあんまりいい先生いなくて…
そこら辺まで来ないんですよ
終わっちゃうのがもっと前…
せいぜい昭和の初めぐらいまで
あんまり…熱心な先生いなかったですね。
ノートを読むとか黒板に書くだけ、歴史の先生はね。」


2015-01.18 そこまで言って委員会 30a
「そして、戦後70年
一度も戦争に巻き込まれることも無く平和を謳歌し」

2015-01.18 そこまで言って委員会 30
「経済成長を求めてきた日本」

2015-01.18 そこまで言って委員会 31
「しかしその一方で貧富の差がますます拡大し
資本主義の限界が指摘される中」

2015-01.18 そこまで言って委員会 32
「先の総選挙で日本共産党が公示前勢力の8議席から21議席に大躍進」

2015-01.18 そこまで言って委員会 33
「護憲・アベノミクス反対を掲げる共産党の支持が高まっているのは」

2015-01.18 そこまで言って委員会 34
「やはり平和を愛する、国を暴走させてはいけないという
刷り込みによるものなのだろうか?



2015-01.18 そこまで言って委員会 35
全然…日教組が悪いとか
君が代で起立しないのがどうとかって
それは別に考えた事ないですね…はい。
(Q:「別にそれはかまわない?」)
うん…自然に任せてればいいんじゃないかしらっていう感じですけども。
(Q:「なるほど」)

2015-01.18 そこまで言って委員会 36
「そこで皆さんに質問です
日本で再び左翼思想が台頭することはあると思いますか?」

2015-01.18 そこまで言って委員会 37

2015-01.18 そこまで言って委員会 2 03
長谷川氏
「実はほら去年ね、散々問題になった朝日新聞問題も
やっぱり僕は一緒で
、ようするに
思想というほど立派なものじゃなくて、ある種の気分ですよ。
理念というか気分

これが…こういうことでね、動いている社会って、もう私思うにね、新聞社の…ないからなあ

2015-01.18 そこまで言って委員会 2 04
辛坊次郎氏
いやいやいや、新聞だったらね…まだいいんですよ
新聞だったら読むよまない選ぶ…権利がありますから

一番問題なのはやっぱり教育現場なんです。
教育現場は依然としてね…それ自治体によります。
だから非常に日教組の強いとこと弱いとこと、あの…いろいろありますけれども
やっぱりあの…一定のイデオロギーの元で行われている教育圏行くと
必ず…例えば中学校卒業するまでに小学校5年6年で人権作文と平和作文…
これ総合学習の時間で必ず書かす。

で、中身は基本的に、ま今まだいたい皆さんがパッと聞いて想像ができる範囲の事を書かないと…御点もらえない。
それで、修学旅行は必ず広島…例えば大阪だったら行くと。
で、だいたい憲法9条と憲法25条

え…あの憲法9条はご存知のように戦争放棄
憲法25条は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する…
この、二つだけは丸暗記で…中学校、公立学校を卒業すると。
他の条文一切知らない。
9条と25条は知ってる
そうすると、あの…生活保護は、あの国民の権利だ…って言う話に繋がって行くという
特に沖縄なんかそう…典型
です。


-以下略-


■参考動画

2015-01.18 そこまで言って委員会 2
2015-01.18 そこまで言って委員会 2
http://www.dailymotion.com/video/x2ezu21_2015-01-18-%E3%81%9D%E3%81%93%E3%81%BE%E3%81%A7%E8%A8%80%E3%81%A3%E3%81%A6%E5%A7%94%E5%93%A1%E4%BC%9A-2_news








瑞雲
■その他ニュースツイッター

さくや 2014 巫女 弓お祓い?
ツイッターで気になったものをいくつか紹介


もうとても日本の政治家とは思えない


民主党…って


ホント…日本にはまともな野党が無いそう思う。


フィフィさんの正論



唯一次世代の党だけか…ちゃんと議論できるのは


尖閣を虎視眈々と狙う中国…





さくら 夏服(2015)
   さくら
「ここからは政治とは関係なく気楽に紹介」


今回の台風は風が強かった…


小型自家用機をなんでもセスナ機…
軍艦(駆逐艦)などをなんでも戦艦と呼ぶのと同じ誤り…


夏休みなんてなかったけど
夏休みももうすぐ終わりか…




F-2
■おまけ動画


2015年8月25日(火) ザ・ボイス そこまで言うか 宮崎哲弥vs本田悦朗 [ゲスト襲来!真夏の激論デスマッチ! ]
2015年8月25日(火) ザ・ボイス そこまで言うか 宮崎哲弥vs本田悦朗 [ゲスト襲来!真夏の激論デスマッチ! ]
https://youtu.be/_VzEzrCleg4 





戦艦大和 1945
★:注意とお願い★

 最近コメントをしていただけるのはありがたいのですが、コメントに名前を入れずに空欄でコメントされる方が多いです(ホストを確認すれば8割方は同一なのですが)
過去に何度かコメントしましたがコメントを入れられる場合は必ず名前(ペンネームやHNなど)を入れるようにお願いします。
名前を無記入で投稿されますと、管理人や他の方がお返事等をする際にかなり混乱します。
あまりにも無記入が続くようでしたらコメント削除・アクセス禁止等の措置を取る対象にさせていただくことがありますのでよろしくお願いします。
また、同一人物が複数の別の名前を(他人の振りをするのも含む)名乗る等は特別な理由のない限りご遠慮下さい(管理ページで簡単にバレます)
後、最近一言の感想、断りもなく、当ブログ、記事とは関係ない他のブログのコピペとURL貼り付けなど、非常に失礼な行為をされる方がいます。
しかも同一ホストで名前を変えて…

そうした行為はいかなる主張、内容であろうともお断りします。
見つけ次第削除等断固とした処置を取らせて頂きます。




※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

コメント欄・トラックバックをご利用される方は左のプロフィール下の【コメント欄(投稿)等においての禁止事項】をご一読下さい。

<注意事項>

特定の個人や特定の話題に対して、もしくは不特定の人、又は団体に根拠のない難癖をつける侮辱する、その他これに類する事、口調が喧嘩腰、本筋とは関係のない話題を何度も書き込む、脈絡のない文章や意味のない文字の羅列を書き込む、その他、俗に「荒らし」行為、その場の空気を著しく乱すような投稿と認められるもや
営利目的の広告・求人・勧誘、その他アダルト関係等管理人が不適切と判断した投稿など
宗教関係等(新興宗教等)それに類するものなど管理人が不適切と感じたものなど
管理人が不適切と判断した場合は基本的に削除します。
コメントを入れられる場合は必ず名前(ペンネームやHNなど)を入れるようにお願いします。
名前を無記入で投稿されますと、管理人や他の方がお返事等をする際にかなり混乱します。
あまりにも無記入が続くようでしたらコメント削除・アクセス禁止等の措置を取る対象にさせていただくことがありますのでよろしくお願いします。
また、同一人物が複数の別の名前を名乗る(他人の振りをするのも含む)等は特別な理由のない限りご遠慮下さい(管理ページで簡単にバレます)
悪質な(限度を超したもの、何度も繰り返す等)場合はコメント公表、IPアドレス・ホスト等の公開、アクセス制限等の強い対抗処置を取らせて頂きます。
違法行為その他不適切と判断するものについてはログや記事の控えと共に関係機関に連絡をすることがあります。



尚、コメントは全て拝読させて頂いておりますが、当方の仕事の都合等でお返事出来ない時がありますので平にご容赦下さい。
※:書き起こしについては誤字などに後日気づいて修正をすることが多々ありますので引用される場合はご注意を。
※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※



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ゲート 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり
長編 連載中 漫画:竿尾悟/原作:柳内たくみ
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炎龍編~
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テュカ、ヤオの運命は・・・
http://www.alphapolis.co.jp/manga/view_manga_opening.php?manga_sele_id=138000030


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竿尾 悟、柳内たくみ 他

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提督SD
「仕事等の都合により毎日更新できない場合があります。
その時は平にご容赦を(涙)」


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ロシア、ICBM発射実験

↑↑↑始めにクリックよろしくお願いします!  ロシアが大陸間弾道ミサイル(ICBM)、「トーポリ」の発射実験を行った。 『ロシア戦略ロケット軍は8月22日、アルハンゲリスク州で大陸間弾道ミサイルRC−12M「トーポリ」の発射実験を行った。演習場で撮影された

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Author:銀時
リアルにおいて陸上自衛隊に入り現在予備自であるのになぜか
某ゲームにおいて某鎮守府提督に就任
自慢は現在のところ自艦隊から一隻も轟沈が出ていないこと。
日本とアニメと漫画をこよなく愛する
マダオ(まるでダメなオッサン)

基本政治関係を書いてますがたまにアニメや漫画
の絵?(最近はGIF)なんか書いたりしてます。

基本ぐだぐだなので
まったりと?いきたいので
宜しくお願いします!

好きなアニメ・漫画は

『銀魂』「信長協奏曲」「宇宙戦艦ヤマト2199」等…

旧「銀色の侍魂」管理人
ブログ名称変更に「艦これ」と「アルペジオ」のコラボイベントに感化されたとかされないとか・・・

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